えー!喜寿?

おいらは、喜寿までまだ2年はあると若い気分で居るのに、おいらの気分を害するような発言に大ショックである。

まあ、喜寿や還暦なんてものは、おいらの中では満年齢で祝うものやと思っていた。
だからまだ若者の一員であると自負していたのである。

然るに、本日恒例のジムトレに行った際、退屈おじさんのお一人が喜寿の祝い会があるので出席するとおっしゃった。

このおじさんは、おいらと同年生まれである。

「なんで?まだまだやんか?」と不審に思って「何かの間違いじゃないの?」とお尋ねしたら、
このおじさん曰く「こういうものは、数え年でするもの」とお答になった。

ほんまかいな?それやったらおいらは目下喜寿の真っ只中に居ると言う事になる。
これは大変なことである。

そのような心つもりは微塵もしていないし、覚悟も出来ていない。
おらの家族だって寝耳に水である。

考えてみればこのしきたりは日本独特のものであると思うし、古来からの伝統である。
古来には満年齢なんて制度はありえなかったし、おいらも幼少の頃は「何歳?」って聞かれたら確かに数え年で答えていたような記憶がする。

12月に生まれたら、生まれた瞬間から1歳で、正月を迎えたら2歳である。
たとえ、1歳の期間がわずか1日でも新年を迎えた途端にめでたく2歳である。

このように考えると確かに数え年で祝うのが正しいのかも知れぬ。

2月29日生まれの人はどうなるの?
4年に一度しかお年を召されぬからやはり1月1日を基準にした数え年でないとおかしくなるなあ。

けれども心の準備も出来ていないおいらは、やはり満年齢で通したい。
第一60代と言われるのと70代と言われるのでは気分的に大きな差異がある。

還暦だ、喜寿だと騒がれて祝われるのはおいら的には嬉しくない。
米寿なら長生きしたと褒め称えられる意味があるのかも知れぬが、喜寿に到達したなんて言われると嬉しくなんかあるものか!

出来ることなら喜寿といわれる前に、年齢の進行をストップしたい。
おいらには、喜寿は永遠に来てほしくない。

関西学生アメフト春季の日程が決まったようである。
我が愛するギャングの試合は全てエキスポ・フィールドスタジアムで行われる。
早くも胸がワクワクして参ったぞ!

昨日は、前職場の仲間のおじさんを見舞いに行った。
滋賀医大に入院されて5日に大腸がんの手術である。
一日も早い回復を祈る次第。




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